住まい情報の一つとしてに最近までどんな町だったかを知るのはとても重要です。
ここでは、ひと昔前の板橋区で話題になった高島平団地の話。
板橋区北部の高島平地域は、板橋区で最も新しい街づくりの行われた地域でした。
1950年代、徳丸田んぼと呼ばれていた約100万坪の田園地帯を
日本住宅公団(現在の都市再生機構)が買収して開発されました。
中でも高島平団地は、住宅ストック不足を解消するために
昭和40年代に建設された、賃貸分譲合わせて総戸数1万戸強の都内屈指のマンモス団地群です。
地下鉄による都心へのアクセスが確保されて、
当時集合住宅のモデルとなった「2DK」の間取りは、
寝食分離を実現する新しいライフスタイルとして
ニューファミリー層の憧れであり、多くの人々がこのエリアに移住しました。
現在は移住した人たちの年齢層もそのまま上がり
高齢者の一人暮らしも多く社会問題にもなっています。
小・中学校などの教育機関が公の手で整備され、
図書館・警察署・消防署・役所・病院、商業施設、またスポーツ・レクリエーション施設等あらゆる施設が充実した東京のベッドタウンとして現在に至ります。